世界のワインのコラム
ドメーヌ アンリ・ノーダン-フェラン クレール・ノーダンさん来日
知性と感性が情熱のもとに一体化したエネルギーの奔流
知性と感性が、情熱のもとに一体化したエネルギーの奔流。これが、ドメーヌ アンリ・ノーダン・フェランの当主クレール・ノーダンさんと3日間の日本滞在に随行した時の印象です。
大阪と東京で合計3回のセミナー(業界関係者対象)を実施しました。クレールさんはこれまでこのようなセミナー形式のイベントは行っておらず、今回が初セミナーとなりました。
セミナーではクレールさんが地球温暖化と激しい気候の変動、そこから発生する数々の問題と如何に戦っているか、具体的に語られました。これまでと同じようにブドウ栽培や醸造を続けていれば早晩、理想とする素晴らしいワインを造る事が出来なくなる、そのために今、全力で戦っている姿を間近で見ることが出来ました。
クレールさんのセミナーで今回初めて見聞きしたことも多々ありますが、その中のいくつかをご紹介します。
クレールさんのブドウ栽培はビオロジック(有機栽培)を基本としています。ビオの認定は取っていません。その理由の一つは、2013年頃からブルゴーニュで流行しているブドウの木の病害「フラヴェサンス・ドレ」に対して、行政はピエレットと言う殺虫剤の散布を指示しました。ビオで散布を認めているこの殺虫剤は実に強力で、害虫だけではなく益虫までも全てを殺してしまう薬剤だったため、クレールさんは殺虫力の弱い薬剤を散布しました。それはビオで認められていない薬剤なので、ビオの認証取得が出来ませんでした。
■ボルドー液や硫黄の散布について
ビオでも認められている伝統的な防カビ剤のボルドー液(硫酸銅)や硫黄の散布についても、クレールさんは代替できるものが無いか研究しましたが、現状ボルドー液や硫黄を使わざるを得ないため、その撒布の方法を考案しました。散布が必要なブドウにだけ薬剤が当たる独自の散布機を導入して、散布するスタッフの健康被害や銅による土壌汚染などの対策としました。同時に銅は今後希少な金属となる物質で、これを無駄に土壌に撒かない事がエコロジーにもつながると考えられていました。
また、雨の後にカビの蔓延を防ぐためには硫黄の散布が必要ですが、畑はぬかるんでトラクターの侵入を阻みます。必要な時に必要な個所に撒布するために、ドローンの使用を実施。この場合もドローンからは正確にブドウの木を狙った撒布が行われ、必要以外のところに薬剤をばらまくことが無いように設定されています。
その他、畑から出る廃材を炭素化した物(炭)をコンポストと合わせて土中に埋めるビオシャーレを、自社の畑に試験的に導入しました。これは1000年前からインカで行われていました。
温暖化により夏期の温度上昇が著しい状況を改善しようと、クレールさんはブドウ畑に傘?を設置して、激しい直射日光や雹害からブドウを守るために、畑に傘を設置することを仲間の生産者と共に開発しています。世界遺産のブドウ畑のブルゴーニュ、その景観を守るためにブドウ畑に傘を置くことは困難ですが、実施を目指して改良を進めています。当初の案では、傘が畳まれている時もそのまま畑に設置され、景観を損ねる内容でしたが、現在は畳んで小さなBOXに傘を収納するタイプの試作まで進化した。ブルゴーニュ協会の認定が出るかは今後のことになりますが、画期的な内容であることを、試験的に実施した畑のブドウが物語っています。
■ブレタノマイセスとの闘い
ワインの味わいを台無しにする細菌、ブレタノマイセス汚染への対策を語りました。昔は衛生環境の悪いセラーで発生する細菌として捉えられてきましたが、近年 衛生的になったセラーでも多発しています。温暖化の影響でセラー内の気温が高くなったことが、ブレタノマイセスが発生しやすい環境を造っているとのことです。ブレタノマイセス予防の対策として、強力な酵母を用意することが有効とされます。クレールさんはブドウ収穫前に一部のブドウを早めに収穫し、専門機関に依頼して、そのブドウに付く酵母の中から他の酵母に負けない強い酵母を選定し、それを培養した物「クレーム・ド・ルヴュール(酵母のクリーム)」を醸造開始前の発酵槽に入れ、発酵のスターターとしての役割を担わせます。これによって健全なアルコール発酵が進み、ブレタノマイセスに対抗することが出来ました。
クレールさんは、ブドウ栽培期間には畑で、ワイン醸造期間はセラーで、日々ブドウやワインの状態の変化を見て、その時々に必要な手立てを次々と実行して行きます。決まりきった作業を繰り返すのではなく、ブドウやワインが求めていることを確実に実施して行く細やかな対応が、AOCのヒエラルキーを軽々と超えた美しいワインを生み出す原動力になっています。
クレールさんには3人の息子さんがいます。2014年7月に夫のジャン-イヴさんと共に3人の息子さんが来日された時にはまだ10歳前後だった子供たちが、今や23歳、21歳、19歳と立派な大人に成長しました。彼らが成長する時期には、クレールさんはドメーヌの当主として改革を推し進めていった時期と重なります。3人の男の子の母親として、またドメーヌの当主としての奮闘の日々が、クレールさんの現在を形作っています。そして、チャーミングな笑顔は、彼女の造るワインと同じく美しく光輝いています。
追伸:今回の日本訪問の前に、ご一家全員でネパールの秘境ムスタングに3週間旅して来られました。彼らの友人の勧めもあり、家族全員で旅することも今後は難しくなるだろうとのことでの旅行だったそうです。クレールさんだけネパールから日本に来ていただき、3日間のイベントを行いました。
(館農)
ドメーヌ アンリ・ノーダン-フェランの詳細は下記のコラムにも掲載しています。
◆ワインコラム『美しきブルゴーニュ、クレール・ノーダンの世界』
